花めぐりする人の心理
春には桜の花を、初夏になればバラや紫陽花、というようにその時期ならではの花を見に出かける「花めぐり」を楽しみにしている方も多いのではないでしょうか。季節の花を求めて出かけたくなる背景には、単に花が好きだからという理由だけでなく、わたしたちが本来持っている自然とのつながりや、心のバランスを整えようとする働きが関係しています。
今回の記事では、花めぐりに出かけたくなる、その気持ちの背景をそっと紐解いていきます。。
季節を感じて心を整える
人は本能的に、自然のリズムと同調することで安心感を得られる生き物です。特にわたしたち日本人は、四季のある国に暮らし、古くから季節の繊細な変化を身近に感じ取りながら過ごしてきました。春には植物が一斉に芽吹き、桜が咲き乱れる。暑い夏を経て成長を遂げ、実りの秋を迎える。そして冬が来ればまた一旦休息を取り春に備える。このような季節のリズムを感じながら過ごすことで、心身のバランスを保ってきたのです。
現代では、意識して過ごさなければ季節の移ろいを身近に感じられにくくなっています。だからこそ、時間を作って花めぐりをして、自然のリズムに身をゆだねることで、安心感を得ようとするのです。これは自律神経の切り替えにも良い影響を与えると考えられています。
花は心を映す鏡
わたしたちは花を見るとき、無意識に自分の気持ちを投影していることがあります。同じ花を見ても、見る人によって「元気をもらえる」と感じたり「なんだか切ない」と感じたり、違う印象を持つことがあります。これは、花そのものの影響ではなく、その時の自分自身の心の状態が映し出されているからなのです。
心理学で言うと、無意識のうちに自分の感情を外の対象に映し出す「投影」という働きです。花がそこに咲いているだけで、わたしたちは気持ちを重ね合わせるのです。心の中にある言葉にできないもやもやした感情を、花を通して少しずつ整理しているのです。
花めぐりは美しい花のある景色を見る時間であると同時に、自分の心と向き合う時間でもあります。
変わらないものを求める心
全国には数多くの桜の名所があります。しかしお花見といえば、毎年同じ場所に桜を見に行っている、という方も多いのではないでしょうか。同じ場所であっても街の景色は少しずつ変化します。しかし花は、季節が巡れば必ず同じ時期に美しい花を咲かせてくれます。
目まぐるしいスピードで周囲が変化して行く現代社会において、わたしたちは「変わらないもの」を見ることによって、確かな安心感を得たいのかもしれません。
先の見えない毎日の中で毎年季節の花を眺めることは、変わらない確かなものを感じて、それと同時に一年を歩んできた自分自身の変化を振り返り、確かめる時間にもなっているのです。
今しか見られないものを求める心
多くの花は一年中美しく咲いている姿を見せてくれるわけではなく、見頃があり、限られた時期だけに美しい姿を見せてくれますね。心理学においては「希少性」が高いものほど価値を感じやすいことが知られています。今しか見られないという特別感が、季節の花を楽しみたいと花めぐりに向かわせるのでしょう。
また、日本には古くから「もののあわれ」という考え方があり、移ろいゆくものや無常の中に美しさを見出してきました。儚く散りゆくからこそ美しい、その一瞬の輝きに心を動かされる、そういった心理が働いていることも確かです。
自分を見つめ直したい心
花めぐりをする人は、美しい花をただ眺めるだけでなく、写真を撮ったりそれをSNSに載せたりすることもあります。これはもちろん、美しいものを見た記録として残しておきたいという気持ちも働いています。しかし、それだけでなく、その時の感動を誰かと共有したいという気持ち、それによって自分自身を見つめ確かめたいという思いもあるからでしょう。
忙しい毎日では、自分の気持ちをゆっくり感じる時間が少なくなりがちです。そんな時に花の前に立つと、不思議と心が軽くなりゆっくりと深い呼吸をしたくなります。
花を眺める時間は、何かをしなければならない時間ではなく、ただ目の前の花の美しさを感じる時間です。その中で、自分自身と向き合い、見つめ直すことができるのです。花めぐりは、美しい景色を見に行くだけではなく、自分の心を整え見つめ直すための時間とも言えます。
まとめ
季節ごとに花を見に行く「花めぐり」は、美しい景色を楽しむだけのものではありません。自然のリズムに触れて心を整えたい、変わらずにめぐる季節を感じて安心したい、そして自分自身の気持ちを確かめたい、そんな無意識の願いがわたしたちを花のもとに導いているのです。
毎年同じ花を見に行っても、その時々で感じることが違うのは、一年を経て自分自身の感情がそのたびに変化しているからでしょう。
花めぐりは季節の美しさを楽しむだけでなく、自分の心と向き合い、その変化に気づくための時間であるとも言えます。花を見に行っている時間、それは実は自分自身の心を見つめに出かけている時間なのかもしれません。





