生花はすぐ枯れるからもったいない???

「生花はすぐ枯れるからもったいない」そんな言葉を耳にすることがあります。たしかに、生花は数日から一週間ほどで少しずつ姿を変え、やがて枯れ手元にはなくなってしまいます。形すら残らず、実用性という面から考えれば、「もったいない」と感じるのは自然な感覚なのかもしれません。

それでも私たちは、人生のさまざまな場面で花を飾り、大切な人に花を贈ります。すぐに枯れてしまうとわかっているのにもかかわらずです。それは、表面的な価値とは別に、大切なものを生花に感じているからではないでしょうか。

この記事では、そんな花の魅力や価値についてあらためて見つめ直し、生花は本当にもったいないのか考えてみたいと思います。

変化し続けることの意味

生花の最大の特徴は、「変化し続けること」と言えるでしょう。昨日と今日でも、少しずつ違っている、そんなわずかな変化にわたしたちは自然と心ひかれます。毎日同じ姿で同じ場所に存在するものは、初めのうち新鮮に感じても、やがて背景のようになり目を向けなくなってしまうという経験はありませんか。

でも、生花は違います。固かった蕾がふくらみ、色づき、花開き、そして静かに「枯れる」という終わりへ向かっていく。日々変化し続けるからこそ、わたしたちは花に目を向けます。生花の価値は長く残ることではないのです。消えてしまってもその一瞬一瞬に感じた美しさ、感じたものは、記憶に刻まれます。美味しい食事や感情に触れる素晴らしい映画を楽しんだ時、形として手元に残るものはありませんが、心が動いたという時間は残ります。生花は、それと同様のものを私たちにもたらしてくれるのです。

 

もったいないと感じる心の奥

「枯れるからもったいない」という言葉の奥には、とても真面目な価値観が隠れていると言えます。お金を無駄にしたくない、意味のある使い方をしたい、役に立つものを選びたいといった感覚です。

生花をもったいないと感じる人ほど、そんな真面目な価値観を持ち、自分のために買うのは贅沢だと感じたり、消えてしまうものにお金を使うことにためらい、ブレーキをかけてしまうのです。しかし、私たちの心にとって必要なものというのは、必ずしも形が残るものや役に立つものだけではありません。

心の安定や回復には、目的や理由のない時間やただ「美しい」と感じるだけの体験が必要だと言われています。生花は、そんな「役に立たなくてもいい時間」をくれます。

 

生花はインテリア以上の存在

生花を単なるインテリアとして考えると「長持ちしない=価値が低い」と感じてしまうでしょう。しかし、生花は初めからインテリアの枠におさまるものではありません。ただ飾るためのものではなく、感情に触れる存在なのです。

香りがあり、水を替える手間があり、そして日々表情を変化させていきます。その変化に私たちの心は自然と反応します。飾って終わりではなく、生活にそっと寄り添い、共に過ごすなかで関わりが生まれ、私たちの心に働きかけてくれる、そんなインテリア以上の存在なのです。

花を買うという選択

花を買うという行為そのものにも意味があります。花屋で立ち止まり、その時の感情にしたがって花を選び購入する。そして家に帰り、それを花瓶に生ける。その一連の時間が、忙しい日常の中で、少し立ち止まって自分の心の声に耳を傾ける時間になります。

花を買うという選択は、「自分を後回しにしない」という選択です。そしてその時間が自分の心の状態を知ることになります。

まとめ

長持ちするわけでもなく実用的な使い道があるわけでもない生花。それでもわたしたちは、人生の節目には花を贈り、日常の中にも花を側に置きます。もしかしたら数日で枯れてしまうかもしれません。でも生花は枯れたら終わりではありません。枯れるからこそ、その一瞬一瞬を丁寧に感じられるのです。

生花を飾り共に過ごす数日間、忙しさのなかでも目に入る度にふと気持ちが和らぎ、ほっとひと息つける。そんな心が動いた時間や経験は、確実に私たちの心に残ります。花は空間とそして私たちの心を整えてくれるのです。

花は残るものを増やすためではなく、わたしたちの心のために存在している。そう考えたとき、「もったいない」という言葉の響きは、少し違って聞こえてくるのではないでしょうか。今日の自分のために、好きな花を選んで飾ってみませんか。